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浦和地方裁判所 昭和55年(ワ)384号 判決 1985年8月02日

原告

高橋福松

右訴訟代理人

芹沢孝雄

相磯まつ江

被告

星野武雄

被告

大国観光開発株式会社

右代表者

金杉富代

右被告両名訴訟代理人

山田至

山下進

鈴木敏夫

主文

一  被告星野武雄は、原告に対し、別紙物件目録一及び二記載の土地について浦和地方法務局春日部出張所昭和五一年五月二六日受付第一五八二五号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  被告大国観光開発株式会社は、原告に対し、別紙物件目録一及び二記載の土地について浦和地方法務局春日部出張所昭和五一年一二月九日受付第三七九〇二号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文各項同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙物件目録一、二記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。

2  本件土地について、被告星野武雄(以下「被告星野」という。)に対し浦和地方法務局春日部出張所昭和五一年五月二六日受付第一五八二五号をもつて昭和五一年五月二五日付売買を原因とする所有権移転登記(以下「第一登記」という。)がなされており、被告大国観光開発株式会社(以下「被告会社」という。)に対し同法務局同出張所昭和五一年一二月九日受付第三七九〇二号をもつて昭和五一年一二月八日付売買を原因とする所有権移転登記(以下「第二登記」という。)がなされている。

3  よつて、原告は所有権に基づき、被告星野に対し第一登記の、被告会社に対し第二登記の各抹消登記手続をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

1  1項のうち、原告が昭和五一年五月二五日当時本件土地を所有していたことは認め、その他の事実は否認する。

2  2項の事実は認める。

三  抗弁

1  被告らの抗弁

(一)(1) 原告は、昭和五一年五月一〇日頃、訴外小林義雄(以下「訴外小林」という。)に対して本件土地を売却する代理権を与えた。

(2) 訴外小林は、原告のためにすることを示して昭和五一年五月二五日、被告星野との間で本件土地を代金八五〇万円で売却する旨の契約をし、原告は昭和五一年一一月三〇日までに金九五〇万円で再び買い受けることができる旨の再売買の予約付売買契約を締結した(以下この契約を「本件売買契約」という。)。

(二) 仮に(一)(1)の事実が認められないとしても、原告は、昭和五一年五月一〇日頃、小林に対し本件土地の登記済権利証、白紙委任状、印鑑証明書その他本件土地売却に必要な書類を交付して、本件土地を売却する代理権を与えた旨被告星野に対して表示した。

(三) 仮に前項の主張が認められないとしても、

(1) 原告は、前同日頃に訴外小林に対し、同訴外人が訴外青木信用金庫草加支店(以下「訴外金庫」という。)から金三〇〇万円を借り受けるについて、原告を代理して訴外金庫との間に本件土地について抵当権設定契約を締結し、かつ抵当権設定登記手続をする権限を与えた。

(2) 原告は右代理権を与えるに際し訴外小林に対して前記の書類を交付した。訴外小林は、不動産業者であり、被告に対して前記書類を提示し、本件土地の売却につき原告から一切の委任を受けていると述べたので、被告は訴外小林に原告を代理して本件土地を売却する権限があると信じ、かつ、そう信じるについて正当な理田があつた。

2  被告会社の抗弁

被告星野は、昭和五一年一二月九日、被告会社との間で、同被告に対し本件土地を代金九五〇万円で売却する契約を締結した。

四  抗弁に対する認否

1(一)  1項(一)(1)及び(2)の事実は否認する。

(二)  同(二)のうち、原告が昭和五一年五月一〇日頃に訴外小林に対し本件土地の登記済権利証を交付したことは認め、その他の事実は否認する。

原告は昭和五一年五月下旬頃に訴外小林に対し白紙委任状及び印鑑証明書を交付したことはあるが、これは別紙物件目録一記載の土地の所有権移転登記がなされているのに同訴外人から所有権移転登記が未了でこのまま一〇年間放置すると右土地が国有地になつてしまう旨虚偽の事実を言われてその旨誤信した結果交付したものである。

(三)(1)  同(三)(1)の事実は認める。

(2)  同(2)のうち、原告が訴外小林に対し本件土地の登記済権利証を交付したこと及び同訴外人が昭和五一年五月二四日頃に被告星野に対し右登記済権利証、原告の印鑑証明書、白紙委任状を提示したことは認め、その他の事実は否認する。

訴外小林は、被告星野に対し前記登記済権利証等を提示した際、原告が同訴外人の債務を担保するため訴外金庫に対し本件土地に抵当権を設定し、かつその設定登記手続をすることにつき原告を代理する権限を与え、右書類もその趣旨で交付されたものであることを告げ、同被告はこれを了解した。

訴外小林は、昭和五〇年一二月一三日、貸金業者である被告星野から金三〇〇万円を借り受け、同被告の子分である訴外根崎利夫(以下「訴外根崎」という。)が訴外小林の連帯保証人となつた。右借り受けに際し月一割の利息が天引きされ、訴外小林は金二七〇万円を受け取り、同訴外人が金二〇〇万円、訴外金子正義(以下「訴外金子」という。)が金二〇万円、訴外根崎が金二〇万円、訴外山田三之助(以下「訴外山田」という。)が金三〇万円を取得した。

訴外小林及び訴外金子は、昭和五〇年一二月三一日、被告星野から金二〇〇万円を借り受け、訴外根崎及び訴外山田が連帯保証人となつた。右借り受けに際し月六分の利息が天引きされ、訴外小林らは金一八八万円を受け取り、右訴外人ら間で四等分して取得した。

右訴外人四名は右合計金五〇〇万円の返済に苦慮し、被告星野から「いい担保物件をもつてくれば勘弁してやる。」と言われ、訴外小林及び訴外山田は、町の牛乳屋で法に暗い原告を欺き、計画的に原告から本件土地の登記済権利証、印鑑証明書、白紙委任状等を取り上げ、自己の借入金債務の担保のため被告星野に所有権移転登記手続をしたものである。被告星野は、かかる物件あさりをさせていたのであり、原告とは面識が全くなく、訴外小林に本件土地を売却する代理権のないことを熟知しながら、自己の貸金を回収するため、原告代理人と称する訴外小林との間で本件土地について売買契約を締結する形式を取つたに過ぎない。

仮に、被告星野が訴外小林に本件土地の売却をする代理権がないことを知らなかつたとしても、貸金業者である被告星野は、訴外小林の代理権の有無について、原告に対し、何らかの方法で容易に確認することができた筈であり、また、そのための十分な時間的余裕もあつたのに、これを行なわなかつたものである。

したがつて、被告星野が訴外小林に本件売買契約締結の代理権があつたと信じたことはなく、信じたとしてもそれについて正当な理由はない。

2  被告会社の抗弁は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

原告が昭和五一年五月二五日当時本件土地を所有していたこと及び本件土地について被告星野が第一登記を、被告会社が第二登記を有することは当事者間に争いがない。

二抗弁について

1 <証拠>によれば、昭和五一年五月二五日、代理権の有無は別として、訴外小林が原告の代理人として被告星野との間に、本件売買契約を締結したことを認めることができる。証人小林義雄の証言中右認定に反する部分があるが、被告星野本人尋問の結果によれば同訴外人が同被告から売買手数料として金二〇万円を受け取つていることが認められ、この事実、同被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右証言部分は信用できない

2 そこで、訴外小林の代理権の有無について検討する。

(一) 乙第一号証によれば、本件売買契約について、昭和五一年五月二七日、浦和地方法務局所属公証人赤塔政夫により公正証書(以下「本件公正証書」という。)が作成されており、その作成時に、訴外小林は同公証人に対し、本件売買契約について公正証書の作成を嘱託する旨記載され原告の実印が押捺された原告の委任状及び原告の印鑑証明書を提出したことを認めることができる。したがつて、訴外小林が、右売買契約締結時に、原告から被告星野と本件売買契約を締結する代理権を与えられていたことを推定することができる。

(二) しかし、<証拠>によれば次の事実を認めることができる。証人小林義雄の証言中以下の認定に反する部分は上記各証拠に照らして信用できない。

(1)  訴外小林の長男である訴外小林保雄(以下「訴外保雄」という。)は「濱店」という商号で食料品店を営み、訴外小林も実質的な経営者としてその営業に関与していた。原告は牛乳販売業を営み、訴外保雄に牛乳を卸販売していたが、昭和五一年五月当時約金六〇万円の売掛代金債権を有していた。そして、その他にも、原告は、訴外小林に対して合計金五〇〇万円の貸金等債権を有していたが、いずれも弁済の見込みがなく、原告は同月六日には東京手形交換所において取引停止処分を受け、資金繰りが非常に苦しかつた。

(2)  同月中旬頃、訴外小林は、本件土地に抵当権を設定して訴外保雄名義で訴外金庫から金三〇〇万円を借りてそのうちから金一五〇万円を原告に弁済するとの話をもちかけ、原告はこれを承諾して本件土地の登記済権利証を渡した。しかし、訴外小林は、訴外金庫から融資を断られたので、被告星野に対し金三〇〇万円の借り入れを申し込んだ。当時同被告は同訴外人に対し金五〇〇万円の貸金債権を有しており、その回収の見込みが立つていなかつたが、同訴外人から原告の本件土地を担保に入れるとの話を聞き、現地を見たうえで金三〇〇万円を貸すことを承諾した。しかし、被告星野は訴外小林を信用することができなかつたので、本件土地の所有名義を同被告名義に変更することを求め、訴外小林、同金子、同野地忠郎と共に、昭和五一年五月二七日、越谷市越ケ谷二丁目二番一号所在の越谷公証人役場に行き公証人赤塔政夫に面接した。被告星野は訴外小林を信用していなかつたので、原告本人が来なければ貸金を渡すことができないと言つたところ、同公証人から原告の委任状と印鑑証明書があれば公正証書を作成することができると言われ、訴外小林にそれらを提出することを求めた。訴外小林はその場で何者かに電話をし、原告が取りに来るように言つたと言つて席をはずし、しばらくして原告の委任状と印鑑証明書各一通を持参したので、同日本件公正証書が作成された。

(3)  これより先、原告は、昭和四五年五月二六日、訴外株式会社武里ショッピングセンターから別紙物件目録一記載の土地を買い受け、浦和地方法務局春日部出張所昭和四六年五月二五日受付第一一八二六号をもつて所有権移転登記を経ていたが、訴外小林は、昭和五一年五月二〇日頃、原告に対し、右登記が未了でありこのまま一〇年間放置すると国有地になつてしまうからその登記手続をしてやると言つて欺き、原告から原告の実印を押捺した白紙委任状と印鑑証明書を受け取り、更に、昭和五一年五月二四日、登記のための印鑑証明書が足りないからと言つて原告の妻の訴外高橋ケイから原告の実印を預り、原告の印鑑証明書を取得した。

この他に原告が訴外小林に白紙委任状及び印鑑証明書を渡したことはないので、訴外小林が本件公正証書作成の際に使用した委任状は、前記白紙委任状に訴外小林が原告の承諾なく前記の内容を記入したものと推認される。

(三) 以上に認定したところによれば、訴外小林は原告を代理して被告星野との間に本件売買契約を締結する権限を有していなかつたものと認められる。

3 原告が訴外小林に対し、昭和五一年五月一〇日頃本件土地の登記済権利証を渡したことは当事者間に争いがなく、その後白紙委任状と印鑑証明書を渡したことは、既に認定したとおりである。

しかし、これによつて、原告が訴外小林に対し本件土地を売却する代理権を与えたことを被告星野に対して表示したものと認めることはできず、その他に右代理権授与の表示行為の存在を認めることができる証拠ない。

4 原告が、前同日頃訴外小林に対し、同訴外人が訴外金庫から金三〇〇万円を借り受けるについて、原告を代理して訴外金庫との間に本件土地について抵当権設定契約を締結し、かつ抵当権設定登記手続をする権限を与えたことは当事者間に争いがない。しかし、このうち抵当権設定登記手続をする代理権は、公法上の行為に関するものであるから、表見代理の要件としての基本代理権にはなり得ない。

被告星野本人尋問の結果によれば、本件売買契約の締結に際し、同被告は訴外小林に右契約締結の代理権があると信じたことが認められ、証人小林の証言中右認定に反する部分は、右被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に照らし信用できない。

5 そこで、被告星野が右のように信じるについて正当な理由があつたか否について検討する。

(一) 既に認定したように、同被告は、本件売買契約締結にあたり原告の署名があり実印の押捺された委任状、印鑑証明書及び本件土地の登記済権利証を訴外小林から見せられているのであるから、特段の事情のない限り右正当な理由が存在すると認めるべきなので、右特段の事情の有無について検討する。

<証拠>によれば次の事実を認めることができる。証人小林義雄の証言中以下の認定に反する部分は上記証拠に照らし信用できない。

(1)  被告星野は、訴外星野興業株式会社の代表取締役であり、被告会社の監査役でもある実業家であり、東京都の農業委員を一五年間にわたり、また足立区政治経済副会長も勤め、多数の土地を所有し、本件売買契約締結時までに不動産取引の経験をかなり有していた。

(2)  同被告が訴外小林と知り合つたのは、昭和五〇年一二月一〇日頃、海島駅前の喫茶店で偶々同じ店に来ていた知人の訴外山田の紹介によつてであり、その際訴外小林はレジスター五台を有するスーパーマーケットを経営しているが、仕入れた砂糖の値下りによる欠損を埋めるため金を貸して欲しいと頼み、同月一三日、金三〇〇万円を弁済期を昭和五一年一月一二日とする約定で同被告から借り受けた。

(3)  その後間もなく昭和五〇年一二月二八日、訴外小林は、全く面識のない同被告の父親に対して、スーパーマーケットを経営しているが原告に対する牛乳代金一五〇万円の支払いが滞つたので金を貸して欲しいと申し入れる非常識な行動をとつたので、同被告は非常に立腹したが、結局、同被告は昭和五〇年一二月三一日に訴外小林及び同金子を共同債務者として金二〇〇万円を、弁済期を昭和五一年二月二八日と定めて貸し渡した。

(4)  しかし、両貸金共に弁済期が過ぎても全く返済されなかつたので、被告星野が調査したところ、訴外小林の言つたことはすべて虚偽であることが判明した。

(5)  その後、訴外小林は、被告星野から強く返済を迫られ、弁済期の延期を求めるため、昭和五一年三月後、訴外藤岡某提出の額面五五〇万円の手形を被告星野に持参したが、同被告は同訴外人を信用せず、同訴外人に対し、農協の理事をしているというその兄の訴外小林良輔の裏書を求めたため、訴外小林はその裏書を得て同被告にこれを渡した。

(6)  この手形の支払期が近くなつた昭和五一年五月中旬、訴外小林は被告星野に対し、原告の承諾を得たのでその土地を担保に入れるから更に金三〇〇万円を貸して欲しい、また、先に担保として渡してある自分の土地の登記済権利証等を返して欲しい旨申し入れた。そこで同被告が調べたところ、同訴外人の言う原告の土地(春日部市大字大場字前野一三一六番三所在、宅地九九・一七平方メートル)には訴外森永乳業株式会社のために抵当権が設定してあつたので、更地である本件土地を担保にして金を貸すことにしたが、それでも同訴外人を信用できなかつたので、所有名義を自己名義にすること及び公正証書を作成することを要求したところ、同訴外人はこれを承諾して、前記認定の如く、昭和五一年五月二七日、本件公正証書が作成された。なお、同訴外人から原告の土地を担保に金三〇〇万円の融資の申し込みを受けてから本件公正証書が作成されるまでの間、同被告は同訴外人と本件土地を三回見ており、原告の電話番号を記してある大きな看板を掲げた店舗兼居宅はそのすぐ近くにあつたので、同被告を原告に会わせるよう求めたが、同訴外人は牛乳店は朝早いので原告が寝ているとの理由で会わせなかつた。

(二) このように、被告星野は、本件売買契約締結当時、不動産取引の経験がかなりある実業家であり、訴外小林と知り合つてからの期間が短く、しかも同訴外人が知り合つた当初からしばしば嘘をつくばかりか非常識な行動をとり、多額の金を借りながら約定の弁済期に返済しない等のことから、同訴外人が信用できない人物であり、かつ営業資金に窮していたことを熟知していたのである。そのうえ、元々同訴外人は本件土地を担保に供することについて原告の承諾を得ていると言つていたのであつて、たとえ担保の目的で再売買予約の条項をつけたとしても、売買契約をすることは最初に告げられた原告の承諾の範囲を越えることは同被告にとつて容易に認識できることであり、更に、同被告は原告と全く面識がなく、たとえ直接会うことができなくても、電話により容易に原告の意思を確認することができたはずである。

これらの事実は前記の特段の事由に該当すると認められるので、被告星野には訴外小林が本件売買契約について原告を代理する権限があると信じるについて正当な理由はなかつたと言うべきである。

したがつて、その余の点を判断するまでもなく、被告らの抗弁はいずれも採用できず、原告の本訴請求はいずれも理由がある。

三結論

よつて、原告の本訴請求をいずれも認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官菅野孝久 裁判官永田誠一 裁判官山内昭善)

物件目録<省略>

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